文科省・財務省論争、そこを超えるもの
教員の働き方を変える視座 -文科省・財務省論争、そこを超えるもの-
1.文科省・財務省の論争と合意
教員の劣悪な労働環境は、精神疾患休職者数(率)の増加、新規採用選考倍率(競争率)の低下となって現われている。現職教員の疲弊と人手不足が労働環境の悪循環をもたらしているといえる。
文科省は2019年給特法改正で1年単位の変形労働時間制を導入したが、実施する教育委員会が少ないこともあり、2023年5月には「質の高い教師の確保方策」を中央教育審議会(中教審)に諮問した。中教審は1年に及ぶ審議を経て、2024年8月に文科省に答申を行った。答申内容は、教師には時間外労働手当制度は馴染まない、教職調整額4%を少なくとも10%以上に引上げる、教職調整額を本給相当とする仕組みには合理性がある(教職調整額は、地域手当、特地勤務手当、期末手当、勤勉手当、定時制通信教育手当、産業教育手当又は退職手当に反映-給特法3条3項)、というものである。
文科省・財務省の論争
中教審答申をうけて、文科省は8月、2025年度予算概算要求を財務省に提出した。その概要は、教職調整額を4%から13%に引上げる、小学校教科担任制拡充など教職員定数の改善(+7,653人)であった。
11月、財務省は、教職調整額13%は時間外労働26h/月に該当し、中教審20h/月(10%)と齟齬をきたしている、一律支給は時間外労働に対応していない、率支給は高給者優遇となる、業務縮減なしには教職の魅力は向上しない、と文科省概算要求を批判した。そして財務省案として、労基法原則適用をめざして5年集中改革期間を設け、時間外労働の縮減に対応して教職調整額を増やし、教職調整額10%(時間外労働20h/月)を目標とし、目標に達した段階(2029年)から時間外労働手当支給に切り替えるとした(文科省概算要求に対する財務省の見解と提案)。財務省提案は以下のように図示された。
すると文科省は、すぐさま以下のような反論を行った(2024.11.12財政制度等審議会財政制度分科会資料(義務教育関係)に関して)。
教育は国を創るための「人づくり」であり、教育を行う「人」に対する財政措置が不可欠である、学校現場は課題が多く定数増なくして在校等時間(時間外労働)は縮減できない(財務省は定数改善なしに努力で業務縮減をいうにすぎない)、残業代支給方式は教師の裁量を低下させる、20h/月上限設定は実現性に乏しい、定数改善+処遇改善(教職調整額アップ)こそ必要である。
文科省・財務省の合意
文科省・財務省論争の結果、12月24日に両省は下記の合意を行った。
教師を取り巻く環境整備に関する合意 標記について、以下のとおり合意する。 1.教職調整額の率を令和12年度までに10%への引上げを行うこととし、時間外在校等時間の削減を 条件付けすることなく、来年度に5%とし、以降確実に引き上げる。このため、給特法改正案を次 期通常国会に提出する。 2.中間段階(令和9年度以降)で、文部科学省・財務省両省で「働き方改革」や財源確保の状況を 確認しながら、その後の教職調整額の引上げ方やメリハリ付け、その他のより有効な手段なども含 めて真摯に検討・措置する。 3.職責や業務負担に応じた給与とする観点から、学級担任への義務 教育等教員特別手当の加算や若手教師のサポート等を担う新たな職の創設に伴う新たな級による処 遇を実現するとともに、多学年学級担当手当の廃止など他の教員特有の給与について見直しを行 う。 4.今後、指導・運営体制の充実を4年間で計画的に実施することとし、令和7年度においては、小 学校35人学級の推進等に加え、小学校教科担任制の第4学年への拡大、新採教師の支援や中学校の 生徒指導担当教師の配置拡充などに必要な教職員定数5,827人を改善する。 また、財源確保とあわせて、令和8年度から中学校35人学級への定数改善を行うとともに、5. に示す「働き方改革」に資する外部人材の拡充など実効的な人員拡充策を講じる。 5.学校における働き方改革を強力に進めるため、学校・教員の業務見直しの厳格化及び保護者から の電話対応を含む外部対応・事務作業等の更なる縮減・首長部局や地域への移行や部活動の地域展 開等による本来業務以外の時間の抜本的縮減、勤務時間管理の徹底、教育委員会ごとの業務量管理 計画の策定、在校等時間の「見える化」、校務DXの推進、授業時数の見直し、長期休暇を取得で きる環境整備などを行う。 こうした取組を進めることを通じて、将来的に、教師の平均時間外在校等時間を月20時間程度に 縮減することを目指して、まずは、今後5年間で(令和11年度までに)、平均の時間外在校等時間 を約3割縮減し、月30時間程度に縮減することを目標とする。 6.将来の給特法及び教職調整額のあり方については、文部科学省において、時間外在校等時間が月 20時間程度に到達するまでに、幅広い観点から諸課題の整理を行う。 令和6年12月24日 財務大臣 加藤勝信 文部科学大臣 あべ俊子 |
合意内容を教職調整額、時間外労働、定員増でまとめると次の通りとなる。
年 度 | 教職調整額(%) | 残業時間 | 定 員 増 |
2024 | 4 | 37〜42(※財) | |
2025 | 5 | 小学校教科担任制拡充 | |
2026 | 中1・35人学級 | ||
2027 | 中2・35人学級 | ||
2028 | 中3・35人学級 | ||
2029 | 計 23,100人 | ||
2030 | 10 | 30 | |
2031〜 | 20目標 |
大山鳴動して鼠一匹
文科省は給特法を維持して教職調整額を13%に引き上げることを要求し、財務省は時間外労働の縮減に応じて教職調整額を引上げ、20h/月縮減以降は労基法通りの時間外労働手当支給を提案していた。しかし両省は、2025年度には教職調整額を5%に引き上げ、2030年度には時間外労働を30h/月にするということで合意決着した。
そして2031年度以降に20h/月とする目標を立てたにすぎない。定員増は2025年度に6,000人として、2028年度までに計23,100人とするものとなった。
こうして給特法は維持され、財務省の労基法原則は消滅した。その給特法も10%までは引き上げられるが、時間外労働の縮減を条件にしないこととなったため、20h/月は実現しない可能性が高い。上述のとおり、教職調整額10%は時間外労働20h/月に相当するのであるから、2030年度に時間外労働30h/月で教職調整額10%とすることと齟齬をきたす。時間外労働30h/月なら教職調整額15%が妥当なのである。
教職調整額は時間外労働手当の代償ではなく、いわば本給に組み込まれているため、時間外労働に応じて算出することは正確ではない。例えば、大阪府小中教員に教職調整額が支給される場合と、時間外労働手当が支給される場合との比較をすると下図のとおりになる。ここでも、教職調整額10%は時間外労働20h/月に相当している(赤字)。勤勉手当には成果主義部分があり、退職手当は少し複雑な要素があるため正確さには欠けるが、実態と大きくかけ離れてはいない。
文科省・財務省合意は教職調整額13%(文科省)、労基法原則(財務省)という当初の見解と大きく異なる結果となった。さらに、最終目標も時間外労働30h/月かつ教職調整額10%となった。これは時間外労働について10h/月あるいは教職調整額について5%を「値切る」ものである。
時間外労働の縮減を条件としないで、2025年度には教職調整額を1%引き上げて5%とする合意であるが、少数与党による国会運営では給特法改正案および新年度予算案が通過する保証はない。加えて、地方自治体における条例改正と予算可決が次に控えている。大山鳴動のすえに鼠一匹(1%)が出てきたものの、教職調整額は本給であるため年度途中に引き上げる場合には事務的困難さが付きまとうだろう。
2.教員の働き方に必要なのは改革ではなく革命
文科省・財務省論争において、給特法(教職調整額)か労基法(時間外労働手当)かという二分法(二項対立)が提起され、給特法廃止論者からは労基法適用を支持する意見も見られた。しかし、両論とも時間外労働をなくすことを目指さず、せいぜい縮減したうえで賃金を増やすことで一致している。給特法廃止論者も時間外労働手当支給を求め、時間外労働の根絶を主張しない。このような二分法(二項対立)による論争と提起では教育労働を魅力あるものとすることはできない。
魅力ある教員の働き方
教育現場が抱える諸課題を軽減しない限り、教員の働き方が魅力あるものとならない。現状に手を付けずに賃金を上げても魅力は出てこない。定員増は一つの解決策かもしれないが、人手が増えたとしても業務を増やしてしまえば解決にならない。現職教員の休職は減らず、教員希望者は増えないであろう。
財務省はやりがいが小さく負担が大きい業務(外部対応、事務、部活動)の縮減を提案したが、それに止まらず授業以外の業務の縮減が必要である。例えば、児童・生徒の成績評価、教員評価制度(成果主義賃金)に係る自己申告業務などである。極論を言えば、授業以外の業務からの解放である。言い換えれば、授業という業務だけについて労働することである。ほとんどの教員は授業が好きなのだから。
そのためには、労働時間規制からの脱却が一つの視座になる。労働時間規制からの脱却を、8時間(週40時間)労働という労基法の保護からの除外と捉えてはいけない。以下の見るとおり、全く逆である。
労働時間規制からの脱却
現状において、教育現場の授業時間は労働時間よりも短い。文科省、財務省そしてすべての論者が、教員は授業以外の業務に携わっているから時間外労働が発生していることを理解している。もし労働時間が授業時間と同一であるなら、時間外労働は発生しない。では、労働時間を授業時間と同一にすることが、労基法において認められるのであろうか。
労基法第32条は「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。」と定める。同時に第2条2は「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」と定め、週40時間、1日8時間を超えて労働させることを禁止するだけでなく、週40時間、1日8時間を下回るように努めよ、とする。このような労基法精神からすれば、労働時間を授業時間まで引き下げるように努めることが労使に求められている。
8時間労働制は、8時間労働することと誤解される傾向がある。それは時間外労働が蔓延していることから、労基法が定める最低基準をもって労働者を「保護」しようとする傾向である。しかし、労基法の前身である工場法は、労働者保護法というよりも「労働者を規則正しく働かすための法律」と解釈できる側面を持っている。このことは産業革命を経て機械制工場労働が主流となる資本主義の発展に応じた労働(働かせ方)の変化から説明できるが、本稿ではこれ以上深入りしない。ただ一点、労働者の労働観は説明しておく必要がある。イギリス工場法は1802年に制定され、改正が繰り返されてきたが、子どもと女性が対象であり、成人男性に労働時間制が適用されたのは1998年のことである。これは、成人男性が「自由な当事者」として資本家との取り引きをおこなうことができるから、法律の保護は不要であるという考えに基づいたからである。また、初期工場法制定時において存在した職人・職工たちは、自分の好きなときに仕事を始めたり終えたりすることができ、工場のベルにきちんと従う必要がない、だから法律の干渉が有害であると考えていたという事情もあった。
教育現場の労働時間を授業時間と同一にする、あるいは限りなく近づけていくことが、労基法の精神であり、かつ教員(労働者)の尊厳を取り戻すことになるといえるのである。このような労働のあり方は「構想と実行の分離」として研究されているが、ここでは立ち入らない。
魅力ある働き方の実践例
教育現場の労働時間を授業時間と同一にする、あるいは限りなく近づけることは決して絵空事ではない。
私立高校の例
筆者が属している「教員はこんな働き方がしたい研究会」への大阪A私立高校からの報告事例がある。
A高校は36協定を結ぶことなく、部活動等による時間外労働が常態化していた。時間外労働手当請求訴訟が起きたこともあり、労基署の指導が入り、働き方の抜本的見直しが求められた。理事会は労働組合の協力を得て、2024年度から教員に1年単位の変形労働時間制を導入した。その結果、毎日の労働時間は延長されたが、3週間連続した夏休みが取れることとなった。事例報告で特筆されるのは、「勤務解除時間」の設定である。
それは、変形労働時間制により平日は始業時刻8時30分、終業時刻18時00分であるが、「業務等に支障が無く、直属上長以上の許可があれば、・・・16時10分以降に退勤することができる」というものである。業務等に授業以外が含まれることはあるが、退勤可能時刻を授業終了時刻に近づけることにより、実質労働時間が短縮される(労働契約あるいは就業規則上の労働時間は保持されるから賃金カットにはならない)。変形労働時間制と勤務解除時間設定により、教員の働き方がどのように変わるか、教員採用希望者増減の追跡調査は必要だが、労働時間規制からの脱却の好例であろう。
公立学校教員の自主研修
公立学校教員に適用される教育公務員特例法第22条は「教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。」と定めている。2項は勤務場所を離れて行う研修だから時間外労働が発生しない。しかしこの研修について、教育委員会や管理職等は研修願いや研修報告の提出を義務づけしたため、ほとんどの教員が22条研修(自宅研修ともいわれる)をしなくなった。22条研修は官製研修などと異なり、教員の関心と自主性に委ねられるから実効性があるにもかかわらず、いまや有名無実となってしまったのである。
この22条研修は、上記A高校の「勤務解除時間」と類似するものであり、労働時間を授業時間に限りなく近づける法制度への橋渡しとなるものとして、再評価すべきであろう。
諸外国の1例
筆者の知人が働くウィスコンシン州マディソン市立中高校(アメリカ)では、7時から17時までが開校時間となっているが、教員については中学校は8時から15時30分、高校は8時から16時が勤務時間である。休憩時間は30分であるが、1時間の授業外時間が設けられている。この授業外時間は教員がどのような目的に使用しても管理職は関与できず、かつ夕方に使用することも可能である。したがって、中学校教員の場合、実質労働時間は6時間となる。
この事例も、労働時間を限りなく授業時間に近づけたものである。もちろん、授業形式や教員以外スタッフの労働実態など全般的比較が必要であることは言うまでもない。
-参考資料-
2024.8.27中教審答申https://www.mext.go.jp/content/20240827-mxt_zaimu-000037727_01.pdf
2024.11.11文科省概算要求に対する財務省の見解と提案(財政制度等審議会 財政制度分科会)https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20241111/02.pdf
2024.11.12財政制度等審議会財政制度分科会(令和6年11月11日)資料についての文部科学省の見解https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00536.html
中島哲彦・広田照幸 2024:『教員の長時間勤務問題をどうする? 研究者からの提案』世織書房
内田良他 2020:『迷走する教員の働き方改革-変形労働時間制を考える』岩波ブックレット
高橋哲 2022:『聖職と労働のあいだ-「教員の働き方改革」への法理論』岩波書店
戸塚秀夫 1966 : 『イギリス工場法成立史論』未来社
西谷敏 2016: 『労働法の基礎構造』法律文化社
斎藤幸平2020:『人新世の「資本論」』集英社新書
―― 2022:『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』角川ソフィア文庫
Lester, R. 1949:Economics of Labor, Duke University
Hutchins, B.L. & Harrison, A. 1911: A History Of Factory Legislation, P.S. King & Son
(大前朔郎・石畑良太郎・高島道枝・安保則夫訳『イギリス工場法の歴史』新評論)
Hobsbawm, E. 1999:Industry and Empire, Penguin, London
Marshall, T.H. and Bottomore, T. 1992: Citizenship and Social Class, Pluto Press
(岩崎信彦・中村健吾訳『シティズンシップと社会的階級―近現代を総括する
マニフェスト』法律文化社)
Harry Braverman 1974: Labor and Monopoly Capital, Monthly Review Press
Madison Teachers Incorporated 2013: Collective Bargaining Agreement July1, 2013 – June 30, 2014
(2025.1.12)