賃金論から見た経団連2020 経労委報告 -戦略が定まっていない-

はじめに

 1月下旬、経団連は「2020年版経営労働政策特別委員会報告」(以下「経労委報告」)を発表した。メディアは、新卒一括採用、長期・終身雇用、年功型賃金を特徴とする日本型雇用システムの見直しを訴えたと報じた。日本型雇用システムの転換ということから、1995年に日経連が発表した「新時代の日本的経営」を超えるインパクトを与えているようである。また、トヨタ労組などが一律賃上げから成果別賃上げを要求したことから、日本型雇用システムの転換が始まったと強調する組合もある。
 現在の雇用環境を日本型雇用システムと表現することが妥当とは言えないが、今年度の経労委報告は労働組合に対して問題を投げかけていることは間違いない。また、労働組合の側も賃金制度や労使関係について検証する時期であることから、経労委報告及び労働組合の賃金闘争方針について議論の材料を提供するのが本稿の趣旨である。

1.経労委報告のエッセンス

  経労委報告の序文において中西宏明経団連会長は「企業と社員が共に成長し
 ていくべき「働き方改革フェーズⅡ」を進めたい。その結果として旧来型の雇
 用システム、すなわち、新卒一括採用、長期・終身雇用、年功型賃金等の見直
 しも必要になってくる」と述べている。その「働き方改革フェーズⅡ」とは次
 のようなものである。
  現在進めている働き方改革フェーズⅠは労働投入(インプット)の効率化にす
 ぎず、付加価値(アウトプット)を高め労働生産性を飛躍的に向上させるため
 には、働き方改革フェーズⅡへと進まなければならない。そのためには、労働
 者(働き手)が社会に役立っているという意識を醸成し、男性正社員にとどま
 らない多様な労働力を導入し、多様な人材を処遇する人事・賃金制度を再構築
 し、社員の活動分野を拡大し、AI等のテクノロジーを活用することが必要で
 あるとする。その結果、社会課題の解決と新たな価値創造が実現して持続可能
 な成長目標(SDGs)が達成できるという。具体的施策の一つには、労働時間
 の長さではなく成果を重視した労働時間制度として裁量労働制を導入して「ジ
 ョブ型雇用システム」の拡大がある(p4~13)。
  このような働き方改革フェーズⅡに進んでいくためには、従前の日本型雇用
 システムがネックとなっている。すなわち、新卒一括採用は中途採用を抑制し
 就職氷河期世代を生み出すことになり、長期・終身雇用は他企業で通用する能
 力が身につかず転職を阻害し、年功型賃金は社外人材の採用など人材の流動性
 を妨げ若年層や高度人材の獲得を困難にする、という(p14)。こうした現状
 分析から日本型雇用システムの見直しが唱えられたのである。
  ところが、日本型雇用システムを廃止・転換するのかといえば、そうでもな
 い。経団連は、新卒一括採用・終身雇用・年功型賃金という雇用システムを
 「メンバーシップ型」と称して、ジョブ型と対比しているのであるが、メンバ
 ーシップ型にも多くのメリットがあるという。自らが育ててきた雇用システム
 であり、それによって企業が成長してきたのだからメリットがあることは明ら
 かである。そこで、経団連は「わが国の制度・慣習はジョブ型を前提としてい
 ない。メンバーシップ型にはメリット[1]があり、多くの企業で採用されてい
 る。ただちに自社の制度全般や全社員を対象としてジョブ型への移行を検討す
 ることは現実的でない」「メンバーシップ型社員を中心に据えながら、ジョブ
 型社員が活躍できるような複線型の制度を構築・拡充していくことが、今後の
 方向性となろう」(p15)と結論づける。
  こうしてみると、旧来の雇用システムを主軸にしながら、多様な人材を処遇
 するために副軸としてジョブ型雇用システムを導入するというのが経労委報告
 のエッセンスである。「経営環境の変化に対応すべく、各企業において、良好
 な労使関係をベースに徹底した議論を重ねていくことを通じて、メンバーシッ
 プ型のメリットを活かしながら、適切な形でジョブ型を組み合わせた「自社
 型」雇用システムを確立することが求められている」(p17)と、新雇用シス
 テムは各企業で確立せよという。経団連は、新雇用システム導入の戦略を定め
 たとはいえない。

2.賃金の本質
  経団連が新雇用システム導入戦略の確定できない理由は、その賃金政策から
 読み取ることができる。
  経労委報告は、総額人件費管理の下、支払能力を踏まえ、労使が議論を尽く
 した上で企業が賃金を決定することが「賃金決定の大原則」だとする。そして
 生産性向上による付加価値増大の成果・果実を賃上げなどで社員に還元する、
 として賃金が「利益の分け前」[2]であると説く(p84)。この前提を踏まえ
 て、新雇用システムにおける賃金制度を次のように考えている。
  メンバーシップ型社員の職能給はスキル・職能を評価して運用する。ジョブ
 型社員には職務給、仕事給、役割給を適用する。昇給は年齢・勤続年数に応じ
 た自動昇給から、査定昇給や昇進・昇格昇給のウェートを高める(p16)。
  確かに、春闘による一律賃上げから、評価・査定による個別処遇を打ち出し
 ていることは新雇用システムといえるかもしれない。しかし、賃金そのものを
 職務給といったジョブ型賃金に変更することは考えていない。なぜジョブ型賃
 金を全社員に適用しないのか。
  従前からの雇用システムにおいては、社員であれば配属や職務が異なっても
 年齢や勤続年数によって昇給する年功型賃金が主流である。その多くは職能給
 (能力給、職能資格給)と称され、仕事・職務によって賃金が決められる職務
 給と区別される。公務員にあっても、法律では職務給と定められているが実態
 は年齢・勤続年数で昇給する職能給である[3]
  これに対して新雇用システムが導入しようとする職務給は、その仕事・職務
 に賃金が張り付けられており、年齢・勤続年数あるいは人的要素は反映しな
 い。例えば、学校に勤務する非常勤講師は一律同額の賃金が支払われる。これ
 を郵便事業で考えると、正社員・非正社員であるとか勤続年数に関係なく、同
 じ集配業務の仕事をする労働者には一律同額の賃金を支払うというものにな
 る。
  このような職務給にみられるジョブ型賃金を導入するならば、経団連が危惧
 するように正社員あるいは企業からの反発は避けられないであろう。職能給な
 どの年功型賃金が生き残っているのは正社員からの反発あるいは労働者が既得
 権を守ろうとするからだけではない。それは賃金そのものの性質によるからで
 ある。  
  次表は、賃金の性質を理解するために、労働力、賃金、労使関係について比
 較したものである。筆者は労働力商品価格説にたち、労働力は商品であり、賃
 金はその価格であると考えている。詳しい説明は本稿の枠組みには収まらない
 ので、拙稿「労働組合の本質」(https://neoyamashita.kagoyacloud.com/tradeunion/)を参照してほしい。
  賃金は労働力商品の価格なのだから、その価格は他の商品と同様にその生産
 費に基づく。労働力商品の生産費は、生活費と養成費で表わすことができる。
 生活費と養成費は仕事・職務によって異なるものではない。たしかに、仕事・
 職務を行うにあたってのスキルや熟練はその仕事・職務によって異なるが、こ
 れらは養成費に含まれる。だから、職務評価によって賃金を決める、すなわち
 職務に賃金が張り付いた職務給という考え方とは正反対のものである。
  賃金の本質が労働力商品の価格である以上、仕事・職務で賃金を決定するこ
 とはできない。需要供給関係で価格が決まる市場にあって仕事給・職務給が通
 用することはありうるが、商品価格が生産費から遊離することは持続しない
 [4]。持続可能な成長目標(SDGs)を達成するために、持続不可能な仕事給・
 職務給、ジョブ型賃金を導入することにはならない。
  経団連が新雇用システム導入戦略を確定できないのは、賃金の本質を見失っ
 た賃金政策のためである。

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3.全労協春闘方針へのコメント
  2020春闘が始まっている。最も戦闘的かつ労働者の気持ちに寄り添った春闘
 方針は全労協から出されている。その構成員として筆者も、賃金方針に限って
 議論に参加する。
  全労協の賃金方針は「8時間働けば生活できる賃金を!」「どこでも誰でも
 月額25万円以上、時給1,500円以上の最低賃金保障」を基本として、春闘では
 月額20,000円(7%)以上、時給150円以上の賃上げを求めている。この場合
 の賃金は生活給を意味しており、それはジョブ型賃金ではない。最低賃金額や
 賃上げ額は各組合が決めていくことになるだろうが、概ね賛同できる。
  ところが、最賃要求と同一労働同一賃金要求になると賃金論にゆがみが出て
 くる。
  最賃闘争において、最賃地域格差の拡大に反対し、全国一律最低賃金制度の
 実現を求めている。確かに最賃は各県ごとに決められ、2019年には東京が
 1,013円、沖縄が790円と大きな開きがある。しかし賃金は労働力の生産費(再
 生産費)によるのであり、その最大の要素が生活費であることからすれば、地
 域によって額が異なることは不思議ではない。むしろ、全国一律とする根拠が
 不明である。その地域で人間的な生活ができる最低賃金が最賃である。また、
 最賃制度が低賃金労働者の賃金引上げに貢献することは自明であるが、労働組
 合は労使関係において賃上げを実現するのが本筋であろう。経団連は最賃引き
 上げの「影響率」が上昇しているのは企業の賃金支払能力に余力なくなってき
 た証左と評価するが、労働組合からすれば賃上げ闘争が弱体化していると評価
 すべきである。
  次に労契法20条裁判に見られる同一(価値)労働同一賃金要求である。同一
 価値労働同一賃金の理念は、賃金差別に反対する要求の原則であり、それ自体
 として賃金水準を規定するものでない。現状においては、正社員と同一労働を
 おこなっているから非正規労働者にも同一賃金を支払えという要求となってい
 る。また、なにをもって同一労働とするかについては、職務評価システムを導
 入することが鍵とされる。つまり、同一の職務に従事しているかどうかで判断
 するのである。この場合の賃金は職務給である。さらに、同一賃金が実現する
 としても、その賃金水準に影響を与える賃金方針とセットにしなければ、正社
 員賃金の引き下げをもたらす恐れがある。正社員と非正規労働者がともに喜び
 あえる賃金闘争とするためには、労働力商品価格説で組み立てることであろ
 う。さしずめ、同一労働力同一賃金と表現することではないか。
  公契約条例制定にかかわっては、単価引き上げが目的のひとつなっている。
 たしかに、公契約条例によって委託契約事業者に労働報酬下限額を設定するこ
 とは可能であろう。しかしその賃金の考え方は、支払能力論の土俵に入ってし
 まいかねない。賃金は企業利益の分け前でないのだから、公契約条例制定運動
 に賃金要求を入れ込むのは危険である。

                         以 上


[1] 新卒一括採用は採用計画・就職機会、長期・終身雇用は自社適材育成・社員人生設計、年功型賃金は雇用と経済面の安心・社員定着というメリットがあるとする(p14)。

[2] 経団連は「社員への成果配分である賃金引上げ」という。

[3] アメリカの教員賃金は年功型賃金であり、給料表が厳格に適用されている。

[4] アダム・スミスのいう自然価格である。