コロナ危機を乗り越えるための提言2 -大恐慌への準備を!
はじめに
筆者は4月当初に「コロナ危機を乗り越えるための提言-要求型から持ち寄
り型へ!」(以下、「提言1」)をいくつかのサイトに投稿した。提言1につ
いて何点か質問が寄せられたことから、回答を含めて文章を練り直し、4月19
日に拙ブログに掲載した。
提言1の柱は、①新型コロナウイルス感染拡大防止のための企業休業と「埋
め合わせ型有給休暇」導入 ②赤字国債に頼らない財源としての企業内部留保
金支出 ③実施主体としての地域(リージョン)への権限集中、であった。と
りわけ、急いで取り組むべきことは①であったから、提言1を全国の友人・知
人に送付するとともに、労働組合に対しては使用者・経営者団体に企業休業・
「埋め合わせ型有給休暇」導入の申し入れを行うことを呼びかけた。
しかし、「埋め合わせ型有給休暇」が新しい概念であったこと、筆者の説明
がわかりにくかったこともあって、議論してくれた労働組合においても行動に
まではつながらなかった。他方、提言1について否定的意見あるいは辛辣な批
判も返ってきた。これらの意見や批判を真摯に受け止め、進行するコロナ危機
を乗り越えるための提言2を提起したい。
取り組み例
それでも、「埋め合わせ型有給休暇」導入については、大阪教育合同労働組
合が大阪府・大阪府教育委員会に申し入れを行った例があるので紹介する。
公立学校は今年3月初めから休校となったが、本人等の感染、休校に伴う子
の世話などの場合を除いては通常の勤務であった。休校が続き、感染が拡大し
ていった4月半ばになると、正規教職員にはテレワーク等による在宅勤務が認
められるようになった。しかし、勤務時間の長い一部をのぞいて非常勤講師等
の非正規職員は除外され、出勤するか、年次有給休暇・特別休暇を行使するし
かなかった。非常勤講師は授業1時間当たり2,880円が支給されるが、休校で
あるために授業準備などの作業に当たるのであった。
人との接触を8割削減するため、日本政府の国民への自粛要請を受けて、吉
村府知事はパチンコ店に休業を半ば強制するなかにあっても足元の非常勤職員
を出勤させ続けた。そこで教育合同は、府・府教委に対して、非常勤職員にも
在宅勤務を認めるか、それが難しい場合は「埋め合わせ型有給休暇」制度(正
確には、月額報酬払いを行い非常勤職員が学校再開後に当該報酬分を勤務する
制度)の導入を検討するように申し入れた。在宅勤務だけに絞らなかったの
は、非常勤講師は一コマ当たり年間35週授業を行う予算が決められているた
め、在宅勤務で予算を使い切ってしまうおそれがあったからである。
この教育合同の申し入れに対して、府教委は4月28日から在宅勤務を認める
という通知で答えた。そして、35週授業時間確保のために新たな予算措置を行
う意向を示した。
地方自治体が財政難に陥っているといわれるが、基金という「内部留保金」
がある。小池都知事が休業事業者に協力金を支給するのも潤沢な内部留保金が
あるからに違いない。
財政が苦しいという府教委も「埋め合わせ型有給休暇」を導入せず、補正予
算で財政支出を選ぶのであろう。
労基署の反応
「埋め合わせ型有給休暇」に関心を持ったある社労士は、顧問先企業に導入
を提案するにあたり、労働基準監督署に相談を行った。それは、労基法第17条
が規定する「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と
賃金を相殺してはならない。」に抵触しないかであった。つまり、休業中に支
給した給与を再開後の労働で埋め合わせることが、労働の自由を拘束すること
にならないかという疑問である。この前借金制度は、使用者が労働者の窮迫状
況につけ込んで前借金を渡して、労働者を足止めし、あるいは労働者を身体的
に拘束することも多くみられたことから、労基法により禁止されることになっ
たものである。労働することを条件としない場合には、前借金、いわゆる労働
者に対する企業からの貸付金などは禁止されない。
監督官は「すぐにわからないので検討させてほしい」と対応した。そして後
刻、答えたのは「賃金は1か月ずつ全額支払うという原則があり、後の残業代
に充当するというのは、前借金相殺の禁止規定(労基法第17条)もあるので、当
方で法違反ではないと堂々と言ってしまうと、抜け穴にされてしまいかねない
ので余り好ましくない。」だった。
1.コロナ危機を乗り越えるたたかい―フェーズ1の失敗
日本政府が7都府県を対象に緊急事態宣言を行ったのは4月7日であった。
そして16日に対象を全国に拡大した。緊急事態宣言は感染拡大を防止するため
であり、「人との接触機会の8割削減」が盛り込まれた。8割に科学的根拠が
あるかどうかは別として、感染を防止するためには、人と人との接触を防ぐし
かないというのが多数の意見であった。とはいえ、緊急事態宣言は国家非常事
態宣言と異なって強制力がなく、国民には営業や外出の自粛を要請するもので
あった。
しかし1か月が経過しても感染拡大は止まらず、5月4日緊急事態宣言は5
月末まで延長されることとなった。これに先立つ5月1日、新型コロナウイル
ス感染症対策専門家会議(政府専門家会議)は、都心への通勤流入が続いてお
り、これでは8割削減は無理であると発表した。また、経済同友会は4月20日
~24日にかけて幹事会メンバーにアンケートを行った結果、出勤削減が8割を
下回っている企業が半数以上であったと発表している。このアンケートの詳細
は分からないが、発表資料からすれば製造業で出勤が多いことがうかがわれ
る。
そもそも生活インフラ必須部門を広範囲に設定したまま、8割削減は実現不
可能であるが、それでも生活インフラ必須部門以外の企業が休業しておれば事
態は変わっていたかもしれない。筆者の提起する企業休業と「埋め合わせ型有
給休暇」も、感染拡大が防止できるとされた2週間~1か月間を想定したもの
であった。この程度の期間であれば、企業は持ちこたえられるし、労働者も賃
金が全額支給されることから生活不安は生まれないはずである。
だが企業の休業は実現せず、自粛だのみの1か月で感染は終息しなかった。
新規感染が減少傾向にあると発表されるが、PCR検査数等が少ないことか
ら、信ぴょう性に欠ける。
感染防止のために欧米の多くが行った全土封鎖と、自然感染による集団免疫
をめざすスェーデンとの間をいく「自粛」が日本政府の方針であったが、感染
防止というフェーズ1は失敗に終わった。
2.労働組合・労働運動の立ち遅れ
新型コロナウイルスは日本政府の失政から生まれたものではない。世界中の
どの国家・地域・政府にもその責任を負わせることはできない。しかしコロナ
危機とりわけ感染拡大防止への対処についての失敗は多くのところに見られ
る。それは、新型コロナウイルスについての本当の専門家がいないことに遠因
がある。
他方、労働組合・労働運動が社会的発信を行ったとの情報はない。
(1)埋め合わせ型有給休暇への疑問
休業手当と雇用調整助成金
筆者が「埋め合わせ型有給休暇」を提起したことに対して、まずあった反
応は、わかりにくいことをいわずに休業補償(手当)及び雇用調整助成金を
活用するべきだという意見であった。今ある制度をフルに活用することだと
の意見もある。
しかし、筆者は提言1で述べたように「国を頼らない」姿勢を基本として
いる。それは地域(リージョン)への権限集中という論点は別として、日本
政府が発行する赤字国債が膨大な額になっていること、財源としては企業内
部留保金があること、なによりコロナ危機を乗り越えるためには「持ち寄り
型」の精神が重要であり、労働組合は労使関係で解決できることに着手する
必要があると考えたからである。それでも、休業補償(手当)と雇調金によ
って労働者の生活を守るという意見が後を絶たないので、その問題点を指摘
する。
経済学の考え方では、使用者の責任によって労働ができない(休業する)
場合、賃金は満額支給される。民法536条2項においても同様の解釈が行わ
れる。他方、労働基準法26条が定める休業手当は「平均賃金」の6割以上の
支給でよいとされる。もちろん6割以上だから10割の可能である。しかし問
題は「平均賃金」である。平均賃金の算出方法は原則として休業前日から3
か月前までに支給された賃金総額を歴日数で除した金額である。そして休業
手当は休業した所定労働日に対して支払われるのである。平均賃金を算出す
る際の日数は歴日数であるにもかかわらず、支給する対象は所定労働日数で
あるから、平均賃金が賃金と大きくかけ離れていることは自明である。休業
手当を10割支給したとしても、平均賃金で支給するのであるから、賃金10割
支給とは絶対にならない。
また、非正規雇用労働者の多くは、最賃に張り付いた賃金が支給されてお
り、これらの労働者の休業手当は最低生活賃金としての最賃を大きく下回
る。
加えて雇調金であるが、現在の制度では上限額が8,330円となっている。
所定労働日数を22日とすれば183,260円である。
100%賃金でも生活が苦しい労働者が多いとき、安易に休業手当・雇調金
に走るべきではないだろう。何でもよいから利用しようとすると、落とし穴
が待っていることがある。
埋め合わせ労働の損失
次にあった意見は、「埋め合わせ型有給休暇」は企業再開後に休日・時間
外労働で埋め合わせるものだから、割増分を捨てることになるというもので
あった。
たしかに埋め合わせ労働は、所定労働時間外に行うことになり、有給休暇
に対応する時間が時間外労働あるいは休日労働となる。そして割増賃金は支
払われない。これが「持ち寄り型」の所以である。労働者が先に賃金を受け
取り、使用者が後で割増分を含めた労働を受け取るという仕組みである。こ
の埋め合わせ労働は日本においては未払い残業(サービス残業)をなくする
副産物を生むであろう。
「埋め合わせ型有給休暇」を賃金の前借りととらえる意見もあった。この
意見は、おそらく労基法17条が定める「前借金」を想定しているのであろ
う。先に見た労基署の解釈も同じである。しかし、前借金が労働契約締結前
であるのに対して、「埋め合わせ型有給休暇」は労働契約締結中である。ま
た、賃金は必ずしも労働が終わった後で支払われるのではなく、労働の終了
前あるいは先払いで支給されることもあるのだから、「埋め合わせ型有給休
暇」を賃金の前借りととらえることは間違いである。
(2)労働運動の方向性への疑問
筆者は企業休業と「埋め合わせ型有給休暇」導入が喫緊の課題であるか
ら、使用者および経営者団体への申し入れという戦術を提起した。
この経営者団体申し入れ戦術に対して、経営者団体が受け入れないだろう
からパフォーマンスになってしまう、労使関係がある使用者に申し入れて実
現させることが先決である、「持ち寄り型」では資本家階級の階級支配が貫
徹している日本においては産業報国会になる、という反対意見があった。
これらの意見に共通しているのは、労働組合・労働運動として社会的発信
を行うことへの躊躇である。先に見たように、生活インフラ必須部門でない
企業も、休業することなく労働者を出勤させており、感染危険性が高い密
閉・密集・密接状態で働かせているところもある。これらの労働者を感染か
ら守ること、また他人に感染させないようにするために、休業を要請するこ
とが労働組合に求められていた。17%を下回る労働組合組織率にあって、労
使関係にある企業だけに休業を要求しても、感染防止は実現できない。また
経営者団体の会員企業だけが休業しても同じである。しかし、労働組合が
「持ち寄り型」精神で経営者団体に休業を要請することは、世論を喚起する
ことになると筆者は主張した。その申し入れは本気であり、決して見せかけ
でやるのではないことも。
たしかに、コロナ危機による解雇・雇止めをはじめとした労働相談が増え
ており、これに応えるのが労働組合の役目である。しかし、戦場に例えるな
ら、労働相談は軍医・従軍看護師の仕事であり、戦争を終わらせるには全体
を見渡した戦略が必要ではないかとも筆者は主張した。
このような議論を行っているうちに、感染拡大は止まらず、5月連休が近
づき、企業休業および「埋め合わせ型有給休暇」導入申し入れは時機を失し
た。筆者は感染拡大防止をフェーズ1とし、社会経済危機への対応をフェー
ズ2と考え、このフェーズ1における取り組みと議論をさらに発展させたい
と思う。
そこでフェーズ2への対策提言を行うにあたり、提言1で示した柱であ
る、②赤字国債に頼らない財源としての企業内部留保金支出 ③実施主体と
しての地域(リージョン)への権限集中、についての意見・批判に答えてお
かなければならない。
(3)また「リージョン」か?
筆者がリージョナリストであることを知っている友人・知人から、提言1
について、またリージョンかという反応があった。また別の方からは、提言
1が「観念的な絵空事」で「日本では北欧のようなリージョン力はなく、地
方にはかつてあった共同体の力は疲弊し、都会ではそもそも形成されていな
い」「内部留保への課税には賛成だが、実現可能性は遠く小さい。当面、国
債発行するしかない」との批判があった。
筆者は国民国家の歴史的衰退過程からそれに代わる政治単位としてのリー
ジョンに可能性を見るとともに、現実的にはカタルーニャでの実践に注目し
ている。このリージョンについての大きな誤解は、それが前近代的な村落共
同体のように理解されていることである。リージョンおよびリージョナリズ
ムについての研究の多くはポスト国民国家の政治単位について行われてい
る。カタルーニャ独立住民投票で反逆罪に問われ、ベルギーに亡命している
プッチダモン亡命首相(欧州議会議員)は「われわれは現代世界にふさわし
いカタルーニャ革命を起こした。それは前世紀ナショナリズムの申し子では
ない」と国家からの独立の進歩性を主張している。
提言1について「観念論で絵空事」との批判を受けた。筆者は観念論とは
思っていないが「絵空事」との表現は当たっているかもしれないと思う。絵
空事とは「夢」あるいは「ビジョン・構想」だからである。コロナ危機を乗
り越えるために、さまざまなビジョン・構想が出されてしかるべきだが、そ
れが見えないことの方が問題ではないか。「観念論の絵空事」という物言い
には左翼あるいは元左翼のにおいが漂うが、左派・左翼陣営からコロナ危機
とのたたかいについて積極的な方針が示されないのではないかと思う。提言
1について、安倍政権を喜ばすだけ、産業報国会になってしまうと批判する
のは構わないが、左派・左翼・階級闘争は何をするのかを示してほしいと願
う。
「内部留保への課税」との意見であるが、筆者はそのような主張をしてい
ない。内部留保金は課税後の所得なのだから、再課税ができるとは思えな
い。筆者は内部留保金を支出することを提起しているのである。コロナ危機
が深刻化すれば、企業・産業の崩壊へと進むことは明らかであり、企業は内
部留保金を支出することによってこそ自らの企業・産業基盤を守ることがで
きると主張しているのである。自分だけが生き延びても、他人がいない社会
では生きていけないのだから。
「当面、国債の発行しかない」という意見は、ほとんどの政党、労働組合
に共通しているようだ。国債が未来からの借金であることに比べて、内部留
保金は現在までの蓄積財産である。内部留保金は経営者だけで蓄積したもの
でなく、その企業で働く労働者を含めたすべての関係者がつくりだしたもの
である。だから、労働者・労働組合がその支出を求めることは無理筋ではな
い。それでも国債発行を求めるのなら、国債という借金がどれくらいまで認
められるのか、その返済(償還)の方針をどう立てるのかについても見解を
示すべきであろう。
3.フェーズ2への対策
IMFは4月中旬、新型コロナ感染症パンデミックよって1930年代の大恐慌
以来最悪の景気後退になると発表した。また、感染が終息しない場合は大恐慌
を超えるともいわれている。20世紀はじめと異なり、資本主義システムの高度
化、グローバリゼーションの進展拡大により、危機の規模は大きくスピードも
速いことから、経済危機の予想は難しい。コロナ危機は、政府危機から政治危
機そして資本主義システムの危機へと発展すると考えてもおかしくない。筆者
は、資本主義システムが21世紀半ばに終焉するとの見解を支持するものである
が、コロナ危機はそれを早めるかもしれない。
経済危機から大恐慌へと進む社会経済危機への対応であるコロナ危機フェー
ズ2におけるたたかいにあたり、提言できることは何かを考えてみたい。
1929年から始まった世界大恐慌にあって、これを乗り越える道は、大きくい
って社会主義(ソ連型)、ナチズム(ファシズム)、そしてニューディール政
策であった。しかしニューディール政策によってもアメリカが大恐慌前の経済
水準を回復したのは第2次大戦後であったといわれる。ナチズムが失敗であっ
たことはいうまでもない。社会主義(ソ連型)が経済危機を乗り越えたかにつ
いては評価が異なる。
この経験を踏まえて、労働組合・労働運動が考えなければならないことは、
経済危機・大恐慌が生み出す大量の失業者がナチズム(ファシズム)に流れな
いようにすることである。社会主義的計画経済をめざすのか、ニューディール
政策のような大規模公共工事で資本主義を延命させるのか、あるいはそれ以外
の道を探るのかについて、労働組合・労働運動は議論をしていないし、また労
働組合の「守備」範囲を超えている。しかし、ナチズム(ファシズム)が選択
肢でないことは労働組合・労働運動の分野においても一致できるであろう。
ナチズム(ファシズム)はコロナ危機が生み出す経済危機・大恐慌によって
頭を持ち上げてくる危険性がある。欧州に見られる極右、日本の維新などがそ
の候補生である。橋下徹府知事が誕生して維新政治がはじまったとき、大阪の
多くの労働組合は橋下維新の手法がナチズムに似ていると警鐘をならした。そ
して今回のコロナ危機においても橋下・吉村維新の動きはナチズムに発展しか
ねない様相をもっており、警戒を要するものとなっている。日本政府のコロナ
危機対応の失敗を批判して、パチンコ店を府民の敵に見立てて攻撃を行い、大
阪が成功しているかのようにメディアに報道させる、この手法である。まだ大
量失業が生まれていない段階であり、橋下・吉村維新の動きが大阪に限定され
ていることから、ナチズムになる運動にはなっていないが、感染以上のスピー
ドで進展することを警戒しなければならない。ナチズム(ファシズム)はナシ
ョナリズムや愛国心を栄養源にして成長するものであるから、維新を大阪に閉
じ込めておかなければならない。全国展開しないかぎり、地域(地方)に権限
を集中してもファシズムには発展しない。
大量失業が不可避であるなら、労働組合・労働運動は何をしなければならな
いか。失業者の労働相談にとどまっていることではない。失業者に仕事をつく
ることを考えなければならない。社会主義計画経済は実現性が乏しく、官民共
同による事業をはじめることであろう。ここで企業内部留保金が役立つ。
失業労働者がナチズムに傾倒していった要因として、労働組合に放置され、
労働組合への信頼をなくしていった経緯があることを教訓としなければならな
い。
具体的な活動方針については後日の議論になるであろうが、このような時期
が遅くないうちに来ることを念頭に置いておくことである。
「一つの企業も閉鎖させない」
コロナ危機後の経済活動についてカタルーニャ商業会議所会頭であるジョー
ン・カナデル(Joan Canadell)は次のように語っている。
国家非常事態宣言中は倒産手続きが禁止されているが、非常事態宣言解除
後はどの企業も閉鎖させないということをモットーに、カタルーニャ州とし
てかかわる。市民基金をつくり、閉鎖せざるをえない企業は半官半民企業に
引き継ぐ。スペイン政府がいうベイシック・インカムは子どもを抱えて家
計が苦しいところなどには役立つが、そうでない場合は闇市・闇商売をつく
ることになる。その対象が1万人なのか、1,000万人なのか、アイデアはい
いが実行は適正にされなければならない。
コロナ危機は、社会と経済発展モデルを再考する契機である。それは、過
剰消費を減らし、付加価値を増やし、社会的責任をもち、環境に優しいモデ
ルである。小さい単位なら機敏に動ける。カタルーニャが独立するならより
良い政策が実行できる。
<注>スペイン中央政府は社会労働党とポデモスの連立政権である。3月
14日に国家非常事態宣言を行い、自治州の権限を制限して中央集権化
を行った。これにより社労党州政府も含めて各自治州は保健衛生、ロ
ックダウンやその緩和も決定できなくなり、不満が高まっている。5
月6日、連立政権は国会において右派・市民党の賛成票を得て薄氷の
差で非常事態宣言を5月24日まで延長する決定を行った。
4.補論-出口戦略
新型コロナウイルス感染拡大が減少するにつれて、出口戦略の議論がはじま
っている。各国において「新しい日常」がキーワードになっているが、ロック
ダウン緩和と感染再拡大との折合をつくるためのスマホアプリ導入などでプラ
イバシーや人権の侵害が問題となっている。
そうした中、パリ・ドーフィン大学のMiquel Oliu-Barton准教授が「出口戦
略-個人隔離から安全区域づくりへ」と題する論文を発表した。
筆者に詳しく解説する能力はないが、おおざっぱに理解したところは次のよ
うなものである。
・10,000人単位に区域を区切る。
・感染者がない安全区域と、感染者がいる危険区域にわける。
・危険区域の住民は区域内で生活する。
・安全区域の住民は他の安全区域との間で移動・交流・経済活動を行う。
・安全区域に感染者が出た場合は危険区域としたうえで、区域を細分化して近
隣地帯を含めて危険地帯とする。
・危険地帯の感染者がいなくなると近隣地帯も含めて安全地区に戻る。
・安全地区で一定期間感染者が出なくなると、全体が安全区域になる
・この安全区域づくりには徹底的な感染検査が欠かせない。
・シミュレーションではフランスの人口規模では2か月~4か月で完全クリア
ーとなる。
・下表は安全区域が危険区域へ移行する(あるいはその逆)モデルである。
このように個人隔離ではなく、区域で分けることにより、公権力が個人情報
を収集しプライバシーを侵害することはなくなる。また、個人隔離を基本とす
る接触制限がソーシャルディスタンスと呼ばれて、社会的分断をつくってい
るのに対して、安全区域づくりは「社会的再結合」を呼び戻す効果を持つ。
筆者の理解では、この安全区域づくりは感染に対して個人対応するのではな
く、地域空間で防止するものである。